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しくじりコーチ小松稔を名乗る理由

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なぜ僕がしくじりコーチを名乗ることにしたのか? その経緯をお伝えするとともに、この記事を読んでくださった あなたが、今抱えている目の前の課題や悩みに対し、 少しでも勇気をもってチャレンジするきっかけになれば幸いです。   僕は現在独立して七年目になります。 30歳で独立をしてからコーチとして活動を続けてきました しかし、とにかくしくじりの連続でした。 今もなお、沢山のしくじりを積み重ねています(笑)   独立後の話をする前に、まずは僕のそれまでキャリアを時系列でお伝えさせてもらいながら、 数々のしくじりを共有させていただきます。   留学という目標達成したのが始まり   僕は高校卒業と同時に新聞奨学生として、 アメリカの大学の日本校に通い始めます。 3年間苦学生として、かなりハードに頑張って働き、 そのかいもあり無事にアメリカに留学できました。   しかし、当時から僕はあまり「働きたくない」 と思っていたので、まともに就活しませんでした。 日本よろしくの一生同時就活もないですし、なんとなく 日経新聞を読んでみたり、ボストンキャリアフォーラムに行ってみたり。   留学という目標を達成してしまった僕には、 次の目標が完全になくなりました。 正確には、「目標というモノの存在すら頭になかった」です   ただ流されて就活をやってみたものの、 当然上手くいくはずもありません。 本当はアメリカに残って仕事をしたいと思っていたけど、 結局それもアメリカに行く為に借りた教育ローンを 返す為に帰国せねばならず、現実にはなりませんでした。   目標を見失った僕の履歴書は塾講師からスタート   帰国後はまず「英語を使った仕事」という短絡的な考えの基、 大手進学塾で塾講師のアルバイトを始めます。 家から近いし時給も高い、なおかつ英語も使える。 願ったり叶ったりじゃあないかと思いバイトスタート。   結局〇〇ほどにつまらない学校教育の為の 英語をただ教科書や指導要綱にそって集団や個別に指導。 「英語を使って」なんてのは全くの幻想。 時給も当然「コマ数分」しか出ませんので、 稼げる金額も微々たるもの。   「アメリカ留学経験あり」なんていうちょっと 自慢できる、キラキラした肩書があればどうとでもなると思っていたのかな。 凄くつまらない日々を悶々と過ごした中で人生1度目の 「起業、独立」フェーズがやってきます。   お小遣い稼ぎの延長で始めたアフィリエイトビジネスをスタート   今では一般的になったアフィリエイトも、 当時2000年代初めの頃はまだまだ怪しくもあり、 何だかよくわけが分からないビジネスモデル。   当時の僕はとにかく「楽してお金を稼ぎたかった」ので、 その手の誇大広告につられ、 「誰でも、自宅で、ワンクリックで〇〇万」みたいな情報商材に 手を出し始めました。(当然しくじっています(笑)   しかし、その頃同時に世間を風靡した「Mixi(ミクシー)」 のビジネス版として派生した、「ITビズコム」とうこちらも 怪しそうなSNSで隣町に住む男性と知り合ったのがきっかけで、 彼と少しだけビジネスににた、おままごとのようなことを始めました。   当時僕らが手掛けたのは当然主流だった 「電子書籍(E-book、情報商材)」の販売です。 彼の友人に「元パチプロ」の人がいるということで、 その人のノウハウを商材化することにしました。   僕は昔からネットとか好きだったし、アフィリエイトで ブログやらSEOやらのことは何となくやってたのでHP作成周り やサポート周りの事を担当。   LPなどのコピーライティングは相方が担当。 そのノウハウ提供者の元パチプロも足は洗っていたので ビジネスに参画し、僕と一緒にサポートなどを担当していました。   思いのほか当たった情報販売からの脱却   当然上手くいくなんてことを想定していたはずもなく。 上手くいったらいいなぁ。上手く行くよね?まあやってみよう。 位な感じでスタート。するとあれよあれよとノウハウは売れていきます。   気付けば初月でこれまで僕が稼いだこともないような 金額を稼ぐことができ、それぞれのコミット具合に合わせて 利益を分配。忙しい日々がスタートしながらも新商品を開発。 どんどん売り上げを伸ばそうと意気込み始めたところ…。   お約束ともいえる「売上減」というよりかは「ストップ」。 全く売れなくなりました(笑) となれば僕らも元々 対して本気でコミットしていたわけではないので、徐々に温度感が低下。   結局1年もやらなかったかな?チームは解散。 僕は一度も就職をしたことがないから、 「やっぱりとりあえずは就職しないとな」と思い、 好きで、自宅の近くにあった某〇〇〇王に就職します。   ゴールの見えない、地獄のキャリアのスタート   そこは僕にとっては物凄い厳しい環境でした。 入社した時期も繁忙期に重なり、新人でも残業は日をまたぐくらいまでにおよび、 しかも「みなし残業代」が「40時間」固定給に含まれていたという事も よく確認せず、かなり厳しい環境で働くことに。   結果この仕事も半年で終え、元々パチンコスロットが好きだった 私は(上の情報商材のノウハウ提供者の方のおかげもあり)、 「どうせなら好きな所で働こう!」と思い、パチンコ店のオープニングスタッフ の契約社員に応募。スムーズに次のキャリアがスタートしました。   が、こちらも当然のように激務、激務、激務! オープニングならなおの事。もう足が完全に棒のようになったのを覚えています。 また、遊びに行く分にはいいのですが、これは 「働く場所じゃない」なと心底思ったのが、そこで働く人たちの 「マインドのヤバさ」です。   僕もそんな中にいた一人なので到底人の事は言えないのですが、 それでも働いている人たちの士気の低さ、ネガティブさは一緒にいたら 確実に「ダメ人間になる」と、何だか自分の方が優れているとさえ 思いこませて半年で退職。   結果ダメ人間になって30歳を迎える   ダメ人間になると思いこんだが故、その通りになっていきます(笑) その後パチプロとして生計を立て始めるも規制強化の影響であえなく撤退。 派遣社員としてD社でスマホを売り始めます。   そこでもほどなくして満足したのか、 「やっぱり英語を使った仕事もう一度チャレンジしたい」 と思い立ち、早々に退職。(笑)   当然実務経験ゼロの中で雇ってくれるところなど あるはずもなく、転職活動は全て失敗。 この頃二度目のパチプロ生活をしながらなんとか食つなぐも、 再びの規制強化であえなく生活苦に。   戻りたくもない、戻るつもりもなかった通信業界へ 仕方なく戻ったのが29歳の時。今度はK社の契約社員として、 地元の家電量販店でスマホを売る生活に。   30歳で独立してから更にしくじった   30歳という年齢が一つの区切りになってくれたおかげで 僕は独立するという決断が出来ました。 たまたまコーチングをD社の時に学んだという事もありますし、 K社の時の同僚が野心溢れる若者だったことに刺激を受けたのもあります。   しかし、後先考えずに独立してしまったもんだから これまた大変。しくじりの連続です(笑) まず貯金が底をつきました。持っていた車も売りました。   更にはあの手この手で資金繰りを繰り返し、 借金だけが増えていくはめに…。 いよいよ持って首が回らなくなり、結局 アルバイトをしながら食つなぐはめに…。   今までの人生で最も屈辱的に自分自身のプライド、 自信が打ち砕かれ、もう自分には独立してお金を 稼ぐのなんて無理なんだと、何度もあきらめかけました。   そして今なお、日々しくじりの連続の中で、 こうして一人でも多くの人に、僕と同じような経験を して欲しくない。もっと、楽に、自由に、楽しく、 成果の出るプロセスを通じて自分らしく人生を謳歌して欲しい。 後悔のない人生を送って欲しいと思い、情報発信をしています。   ダメダメでしくじりの人生だったからこそ伝えたいこと   もしかしたら、僕と同様か、それ以上にひどいキャリアを 歩んできた人も当然いるかもしれません。   とは言え、僕があなたに伝えたいのは、 「無用なしくじりは避けたほうが良い」という事。 そしてそのしくじりから、「何を学び次に活かすのか」 がとても重要になってきます。   僕は本当に終わってます(笑) 恐らく僕のことをよく知る人間こそ思いますが、 本当に「ダメ人間」ですし、「仕事も全然出来ない」です(苦笑)   こんな自虐的な事を言うのもどうかと思うのですが、 事実なので仕方ないです。未だに何度も同じしくじりを してしまっていますし、その度に迷惑をかけたり、 信用を失ってしまうこともあります。   それでもやはり自分の人生を諦めたくないですし、 自分の理想にチャレンジすることをやめたくはない。 もっと実現したい未来に向けてこうして日々アクションを 起こし続ける覚悟を決めて生きています。   僕のメディアを通じて伝えたいこと   故に僕は「しくじりコーチ」として、僕自身のこれまでの経験、 1000名以上のコーチング経験を元にし、   あなたが自分の人生を自分らしく生きる、働く、 お金を稼ぐ、友人や家族と共に、豊かな ライフスタイルを送るために必要な考え方と、 具体的なやり方をお伝えしていきます。   ぜひ僕のしくじり事例から沢山の事を学び、 行動に変え、人生を変える機会を掴んでください!^^   少しでも共感していただけたらコメントや拡散を していただけると嬉しいです。続きを読む

自分らしさに気付く居場所

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現代人には居場所がない   あえて言わせてもらえるならば、 『現代人には圧倒的に居場所がない』 と僕は断言します。   昔は隣の家に住む人、地域との関わり合い が根強くありました。 それこそ夕飯のおかずや食料など。 必要に応じて分け与えたりもする関係性がありました。   また、学校もきちんとした 居場所として機能していました。 皆が一律に並び、同じような価値観を共有している。 それは居場所を感じるのには容易い環境でした。   そして会社(職場)という環境も、 大きく日本人の居場所として成果を上げてきました。 良い会社に入り、沢山働いて昇進し、給料を上げる。   結婚し、稼いだ給料で家や車を買う。 そして余暇や学びなどに消費していく。   『豊かになりたい』 というキーワード一つで日本人全体が 一体感を感じられる時代が確かにありました。   テクノロジー進化の弊害   しかし、時代の変化とともに急速に IT化が進み、いつでもどこでも誰とでも。 スマホ一つで繋がれる時代になりました。   それは便利である反面、 人が人と触れ合う、つながりあう、 深いコミュニケーションが取れなくなりました。   どんどん人間関係が希薄になり、 周りの目を伺ったり、誰かを攻撃したり。 自分自身の殻に閉じこもってしまう人たちが増えました。   結果として、僕らは人とのコミュニケーション の中で明確化され、言語化されていく、 『自分の軸』を失っていきました。   今必要なのは、深いコミュニケーションが出来る環境   現代社会は情報があふれています。 選択肢が無数にありすぎると思います。   その社会において、物事を意思決定していくには、 自分の中に『確固たる自分軸』が必要です。   あなたは何が好きで、嫌いで、 どうなりたくて、何をしたくて、 何を大事にして生きているのか。   そうした本質的な欲求、感情、 思考などを自分で知る必要があります。   それを理解することが出来るのは、 「相手との対話」「自分との対話」を通してしか出来ません。 それもより「リアル」な対話です。   もちろんオンラインで出来ることもあります。 しかしオンラインは匿名性が高すぎる点。 直接対峙していない分、相手への思いやりが 欠如しやすいため、深いコミュニケーションには限界があります。   だからこそ、リアルな”繋がり”を 感じられる場所(環境)が必要だと思います。   帰ってきたくなる場所、自分に気付ける居場所   本当の意味で僕らが得られる安心感は、 「自分が自分自身を受け入れること」です。   それには自分の強み弱みを理解している人たちが集まり、 お互いを受容出来る環境が必要です。   そうやってお互いがお互いをさらけ出し、 時にはぶつかり合いながらも。   お互いの存在価値を見つけ、認め、 高めあい成長していくことが必要です。   それば僕が目指している『2nd Home(もう一つの家)』 というコミュニティの形です。   まずは自分を知る機会を欲すること   昨今はより自分がどうしたいのか? を問われる環境は増えてきました。   しかし、未だに旧来の価値観やシステムが 根強くあるため、まだまだ自分自身の価値観を 明確に言語化出来ている人は少ないです。   それはどんなに会社で生き生きと働いていたとしても。 自分で自由に生きている、好きなことをして働いている。 頂いているお給料に満足している。   と思っていたとしても、本当に心から、 1分1秒も無駄にしたくないくらい熱中しているか? と言われるといかがでしょうか?   心に正直になってみて、もしどこかに ひっかかる部分があるとしたら、 そのモヤモヤを共有してもらえると嬉しく思います^^   ぜひ勇気をもって、一緒に一歩を踏み出しましょう! ミニセッションをそんなあなたの為に開催中です。   こちらからお気軽にお問い合わせください。続きを読む